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連休明けに初日を迎える劇団ふくふくやの稽古に顔を出す。
初めてお手伝いしてからからもう、7〜8年経つのだろうか。 制作を離れた時期はあっても、ずっとお手伝いをして見続けてきた劇団だ。 私の今までの好みからはほど遠い、こてこての笑い、うるさい芝居、熱いストーリー(笑) なのに、私は最初に見たときから掴まれっぱなしだった。 毎年毎年、「今回は好みじゃないかも」なんてほんのちょっと心配しつつも、 結局毎年掴まれる。 特に、私は稽古に心ふるえる。 通し稽古を今日も見ていて、彼らの所作の美しさにみとれる。 ドタバタとせわしない芝居なのに、芝居の動きはもちろん、出ハケ、転換などの動きがとても美しいのだ。 信頼のおける舞台監督初め、主宰の山野海、若手劇団員、そして毎年半分は入れ替わる客演の俳優に至るまで、みんながみんな、本当に丁寧に舞台の中を動く。 そこに見えるのは、舞台への愛と敬意だ。 一見、けして美しく見えない(失礼)ドタバタ劇のなかの、静かで冷静な部分。 感情や勢いにまかせない丁寧さを、客からは見えない部分に見る時、ああ、だから私はこの劇団が好きなのだなあと思う。 連休明けの9日から20日までの長丁場。 是非、観にいらしてください。 ふくふくや 久しぶりに会う友人とごはん。
約束もなく、「今向かっている」という一言で会えてしまうのがすごいわ。 近況報告をしながら、遊びで、最後の最後に出てきたキーワードによって「今自分が最も望んでいる事」が分かる心理テストみたいなのをしていたら、 私の望む事は 「生まれてきた意味を知る」 というキーワードでした。 めんどくさっ!!いや、そんなに重いテストじゃないし!と、爆笑しつつ、泣きそうになったよ。 その言葉は確かに自分で書いているけど、自分じゃないみたい。 でも、本当に魂が望んでいる事は、そこなんだなあと、深く深く納得。 キーワードといえば、もう一つ。 私は昔からあちこちで「音楽は5次元のものだ」と言ったり書いたりして、 その度に「わかるようなわからないような…ま、そうかもね…」という薄ーい反応を受けてきたのだけれど、こないだ、同じ事を言った人に初めて会った。 前回書いた、魂をなでるような歌い手さん、すごく素敵な音楽の生まれた現場で 幸せそうに歌いながら「ここは5次元だ!」と言ったのだ。 もう、私のおどろきったら。 もちろん私は5次元の何たるかも知らず、根拠もなく、 いわゆる次元上昇とかのスピリチュアルものには反感を覚えつつ、 むしろ科学的に証明されるんじゃないかという気持ちで、 よくわからない持論を小さな声で唱えているわけですが、 おんなじキーワードを持っている人がいたことは、なんだか妙に心強い。 音楽が伝える幅が、広すぎて大きすぎて、きっと、今音楽と解釈されているものは 平面に描いた球を見るようなものだろうなと思っているだけなのだ。 どんなにリアルでもそれが立体の球ではないように、 私たちはすごく不自由な世界で音楽を聴いているのかもな…と、何人かの音を聴くと痛感する。 その感覚を共有出来る人の歌声が、やっぱりすばらしかった事が、とても嬉しかった。 最近とってもいいな。 必要な言葉や出来事が、むこうからやってくるような感じ。 がつがつ掴みにいかなくても、自然と出会う感じ。 そういう時期が、たまにくる。 しんどいことも増える時期だけど、いい予感だけがある。 自分自身が自由である事を、自分自身が心の底から許している。
そんな人に会いました。 自由であることを選ぶいうのは、楽じゃないし、逃げじゃないなと思うのです。 自由を言い訳に使う人もたくさんいますが、 そのひとは、とにかく自分のダメな部分も全て受け止めて許して、 作品へ昇華しているように見えました。 そのひとの唄には、祈りがあって、 なんだか魂の奥深くをなでられた感じ。 私も、自分が自分らしくあることを許そう。 たったそれだけの事が、この人生の中でなんと大きな困難であることか、 と改めて思い出しました。 何がそれを妨げているって、結局の所、社会でもなく、周りの人でもなく、 自分の無駄な努力、無駄な常識、無駄なプライドなのよね。 本当に放っておくとつい、自分を自分の言葉で縛ったり、価値観で縛ったり、しがちなのです。 いやいやいや、最近いろいろな事が起こります。 全ては自分が自由になるための道のりなんだな。 芝居を観に行った時、関係者に「おつかれさまー」と挨拶をしまくっている途中で、お客さんの中に知人をみつけ、ついつい「おつかれさまです」と挨拶をしてしまった。
すると彼女はにっこりとさわやかに「今日は楽しんだだけだから、おつかれじゃないよ」と。 なんだかその言葉にノックアウト。 このひとは、言葉の意味をちゃんと受け取っているんだなあと。 私は、過剰なくらい言葉の力を信じているし、言葉で嘘をつくのが嫌いだ。 思ってもいない「ありがとう」とかおせじとか、どうしても偽って言葉にする事ができない。 愛想笑いくらいならできるけども。 でも、ついビジネスっぽい決まり文句を使ってしまう。 別にそれほど縁のない人にまで「お世話になってます」とかね。 すらすらと心を通らずに出て行く決まり文句達。 それを、ちゃんと言葉として、そのままの意味として受け止めた彼女の正直さに、なんだかちょっと感動してしまった。 言葉で嘘をつかないということは、相手にも嘘をつかせないという思いやりも含むのだな。 うすっぺらい言葉に日々怒り狂っているのに、こういう時同じ事をしている自分を恥じます。 生きた本当の言葉を使いたい。 もし、彼女に本当の言葉を言うとしたら、あのときは「おつかれさま」じゃなくて、 「ここで会えて嬉しい!」だったのだ。 別に数年ぶりの再会でもないのに、なかなかそんな言葉はこっぱずかしくて、言えるものじゃないけれど。 そのこっぱずかしさをカムフラージュしたり、本心とは違う事を伝える便利な表面言葉は、 大事な人には通用しない。 瞬間瞬間に、自分の心を偽らずに言葉と態度で伝える。 難しいけれど、しばらくは私のテーマです。
ここ半月ばかり、都内に毎日出る予定が続き、即席「都内通勤OL」もどきになっていた。
それが一段落ついたとたん、ダウン。 始発駅だから半分以上は座れるのに、とにかくラッシュの電車に参った。 軍隊のようにぴしっと駅のホームに並び、合図でザザっと一斉に扉前に移動し、 素早く車内に入り、仕上げに駅員さんにぴっちり押し込まれて扉が閉まる。 なんだか奴隷か家畜みたい。 みんな秩序だって、感情を見せず、淡々とやりすごしている。 いわゆるよくある日本人が生産される場所の一つが、この通勤電車の中なのだと思った。 自分が人間だと自覚したら、苦しくてしょうがないので、私もみんなのまねをして(?) 家畜ごっこ。 いや、ごっこ遊びをもってしても、無理でした…気持ち悪… これって根性で乗り切ったり慣れたり出来るものなのだろうか? 乗りきる楽しさを見つけたりできるのだろうか? みんなどれだけ苦労してるんだ。 私は、やっぱり無理だったな… こういうことに慣れて、きちんとした社会人として稼ぐ事は諦める。 そのかわり、こういう無名の人たちが社会を支えている事は忘れないようにしよう。 この人たちの心身が健全で優しくいられるためのものを、全身全霊作りましょう。 みんな家畜でも奴隷でもないのだから。 仕事の発展だの悩みの解消だの、体調良くなれだの、あらゆる事を期待して始めた瞑想ですが
ま、そうそう何かが変わったりはしない。 別に仕事もプライベートも何一つ変わらないし、 むしろ感情のアップダウンが激しくなったような気さえするので、 余計なことを〜!と心の中で苦笑い。 一応だいたい毎日やってみても、日によって集中度が全然ちがう。 延々音楽がループしちゃうときも、言葉がとまらないときも、涙が出る時も、 めまいみたいにクラクラしちゃうときも、それから、目をあけなければどこに行っちゃうんだろうと怖くなるような時もある。 大体は考え事がどんどん出てきちゃって、「これは瞑想とはいわないのではないか」状態だ。 またワークショップに行って、そのへんを解決したい。 ただ、生活自体は、少し落ち着いたたものになった。 週一回は掃除の時間を取る、とか、料理を慌ててしない、とか、洗濯物をキレイにたたむ(今までよりは)とか。 いやいや普通の事なんだろうけど、私はよっぽど「丁寧」とか「ゆっくり」を軽視する傾向ありなのでけっこうな変化だと思う。 忙しいのに、毎日がじっくり流れて行っている気がする。 この忙しさだったら今までなら、あっという間にイライラパニックになっていたのに、 まだなんだかちょっぴり余裕がある。 それだけは瞑想のおかげかなあ。 しーんと自分だけの時間を持つ事や理性的に生きる事は インスピレーションを受け取るには欠かせない事だと、 かのスピリチュアルカウンセラーも言っていた。 瞑想というまだ実態のわからない時間が、そうだといいなあと思いながら、 今日もまた、雑念たっぷりで目を閉じてみる。 ずーっと苦しんでいた問題にひとつ、風穴があいたのが2011年。
震災があったこと、広島に行ったことが、大きな影響を与えていたと思う。 私はいままで、自分の周りの世界のことだけをことさら大事にしてきた。 自分の生活、自分の感情、自分の身体、そして自分の愛するごくごく小さなコミュニティ。 それは基本的にとても大事な事。 それを無視した時期もあったから、なおさらこだわってきたのだと思う。 でも、去年の始め、ふと思ったのだった。 自分が芸術に少しでも関わっていきたいと思っている時に、世界の状況を見つめなくていいの? 戦争や、差別や格差や、宗教の対立や、経済至上主義や、そいういうものは全て 自分の外側に置いてきたのだけど、本当にそれで芸術活動なんてやってていいの? 特に私は創る側ではなくて、それをサポートする側なのだから、芸術と社会をつなげる観点が必要なはず…と思っていた矢先に、震災が起きた。 私は、全然動けなかった。 ショックを受けたり怒りを感じたりしたけれど、芸術と社会をつなげる動きなんて、 ひとつも出来なかった。 ただただやる事に決まっていた舞台を、一生懸命作っただけだった。 周りの人が何度も被災地に行ったり、募金活動をしたりしているのに、私は動けなかった。 それで(というわけじゃないけど)広島に行った。 被災地でもなんでもないけれど、原爆ドームを再び見た事とオノヨーコの作品に出会った事は 自分の中を大きく動かした。 で、やっぱり自分の中に立ち返った。 私の中にある憎しみ。 私が向き合う事が出来ずにいたそれを、まず解き放したくなったのだ。 戦争だの差別だの憤る前に、私の中には私にしか解決出来ない問題が潜んでいる。 今年の後半にその人に数年ぶりに会いに行った。 会ったら解決、じゃない。 会った事によって生じた新たな面倒も満載だ。 でも長い時間をかけて、自分が陥りがちな感情の本質を知り、人との関わり方を学ぶべきなんだと知る事ができた。 そうしたら、やっぱり社会とつながる芸術活動の必要性に自分が戻ってきた。 簡単な事で人を憎んだり排除したりしてしまう自分、だからこそ きれいごとではない事も言える。 悟ったような生き方ではなくて、悩みながら、 でもやっぱり世界が平和でありますようにという思いを発信していきたいと思った。 例えば具体的に「原発はいらない。」「基地もいらない。」 そういう意見を選択して表明いくことと、自分の憎しみを解放していくことは、私の中で今まっすぐにつながっている。 自分に向き合う事と、社会に向かって発信することは、両輪なんだ。 とはいえ、単純にそれをスローガンにして芸術に持ち込むのではない方法を模索したい。 十分きれいごとな言葉なんだけど、本当に今年の始めにそう思った。 私の2012年のテーマは、「解放と発信」 しろぐも、もうちょっとマメに書きます ここ数週間、自分が真剣に動かしたいと思った大きな岩が動き始めて、
心身が常に興奮状態にあった。 とにかく人に会って話したり、お家の大改造始めちゃったりと慌ただしくて、 それはそれでとてもワクワクする素敵なことなのだけど、 その興奮に、そろそろ体は疲れている気がしていた。 それを時間をかけて静かに沈殿させ、上澄みをすくうようなプロセスを本能が求めている感じがして、Tao Zenというところの瞑想のワークショップに参加した。 もともと整体や気功、ヨガ等、体メンテナンスへの興味は尽きないが、なかなか定期的に通う事ができず、さらに瞑想なんて、最もめんどくさそう、と敬遠していたのであるが、 数年前から気になっていたTao Zen主宰の大内雅弘さんの著書「セルフ・チネイザン・タッチ」(内臓のマッサージ法のようなもの)は理屈抜きに気持ち良くて、その導入部分にはなぜか「瞑想」がある。 私が信頼している整体の片山洋次郎さんも、ワークショップでは体をゆるめる過程で瞑想に近い事をしてたし、どうも私の好きなものには、瞑想が自動的にセットになってついてくるらしい。 これはいつかやらないといけないんじゃないの!?とは思っていたのだけれど、 ようやく必要な段階に来たのかもしれないな、と思う。 初めてお会いする大内さんは、なんだかとても「満ち足りた人」。 いでたちも空気もすごく普通だし、スピリチュアルな事も言わないし、現実的で理にかなっているし、それがまた逆にとてもスピリットを尊重している感じがする。 言葉と、それを発する身体の両方に嘘がないから、大内さんの言葉はひとつひとつ、とても力を持っている。 しゃべっている姿を眺めているだけで、自分の体がリラックスしてゆき、もう講義聴かなくても十分!という感じだった。 実際には短い瞑想の方法をいくつか試しながら、その意味を話していくのだが、ものすごく腑におちたのは、 「自分の健康や成功のためだけにやると、意外に力を発揮しない。それがちょっとでも社会と響き合う方がいい。でも、それを目的にするとまた違うものになってしまう」というようなこと。 分かりやすい実例として、チネイザンの手法も取り入れて「腎臓をあたためる」というのもやってみたのだけど、自分自身でやっているのと、他の参加者と組んでお互いにやり合うのでは、効き目が全然ちがう。 やってもらうのもやってあげるのも同じく、体から喜びが溢れてくる感じになって、 会場中が一気に温かくなった。本当に気温が上がったじゃないかというくらい。 これは片山さんのワークショップでも、全く同じ事が起こる。 同じように、瞑想も帰って一人でやるよりみんなでやっていた時の方が、逆に深い集中ができていた気がする。 みんながそれぞれ自分に向き合っているだけなのに、みんなで大きなものをふわあっと抱きしめているような感じ。 すごくいいコンサートとかは、割とそうなるという実感があるので、音楽に近い力があるのかもしれないな、と思う。 帰ってから忘れないように日常生活に取り入れているんだけど、あのときの気持ち良さには至らない。 「瞑想と、ぼーっとしてるのとは、一体どう違うんだ!?」と悩んでしまうくらい、一人でやる瞑想は心もとないのだ。 でも、あの場にいた事はしっかりと身体が記憶している。 だからなんとなくでも適当でも続けてみればいいんだろうな、と思う。 何かが変わるとか悩みが解決するとか病気が治るとか、そういう即効性ではないんだと大内さんも言っていたように、分かるような分からないような合間をゆらゆらと漂いつづけているうちに、自然に自分自身がみつけるものがあるのかもしれない。
一時はどうなる事かと思った発熱も口内炎も、ようやく下火。
熱は完全に平熱に戻り、口内炎も半分くらいに減った。 この一週間の体の変化たるやそれはめまぐるしく、自分の体なのに驚く事ばかり。 たまに体調崩すと、崩れていく流れも、確実に治っていく流れも体感出来て、 それはそれで面白いものだなあと思う。 まあ、らくになった今だからいえるんですが。 基本もうこの10年位、薬は飲まなくなってるし 病院にも行かなくなってるのだけど(もちろん本当にヤバイときはいくけど) その分、野口整体が「病は経過するもの」というように、その過程を味わえるようになった。 薬で治していたら分からなかった感覚。 熱がぐおんぐおん上がって打つ手のない感じも、 あるとき上がりきったな、と感じたときも、 膠着状態に思えた口内炎がすごい勢いで治り始めたときも 重湯からおかゆになり、初めてうどんが食べれた時のうれしさも もう平熱なんだけど、もう少し動くのは待とうと思う時の野生の感覚も ちゃんと味わって、それはなんだか生命体としての快感みたいなかんじだった。 人の体って弱くて強い。 体力のない自分を時々怒りたくなるけど、今回治る過程を見てたら、 私って健康体!!ってすごく感じた。 体力はないけど、健康なんだ。 今は、受け付ける食べ物と受け付けない食べ物が、非常にはっきりしています。 そのうちまた曖昧で適当になるんでしょうが、今のうちにそれも楽しんでおこう。
広島での初日は、夕方パタっとホテルで寝て、夜は市内を散歩したり、
超個性的なカフェに入ってごはんたべたり、久々ののんびりペース。 翌日は、この旅の主目的、オノヨーコ展。 その美術館は、市内とはいえ、ちょっとはずれの山の中に建っていて、 路面電車を降りてから、ちょっとしたハイキングコースのような道を登ってゆく。 息を切らせながらようやくたどりつくと、外に飾られていたのは、オノヨーコ展のひとつ、 ウィッシュツリー。人が短冊に願いを書いて木につるす、まさに七夕の笹みたいなやつ。 なんとなく、それをみた瞬間、ここでやってる事に意味があると思った。 山の中を登ってきて突如見えてくるツリーも、その建物との調和も。 …中に入ると作品そのものは、数も少なく、いつもパッと見ちゃうタイプの私には短すぎるくらいの滞在。 けれど、号泣しながら出てくる私。広島二度目の魂号泣。 写真も撮影可能で、会期も終わっているし、紹介したいのはやまやまなのですが、 言葉にならず。 アートはアートなんだものね。 でも、私オノヨーコさんって好きだけどエキセントリックで理解不能な感じかと思っていたのだ、勝手に。 メッセージありきなのかなとか。 作品を解説しているものや、断片的に入る情報から、そんなイメージを持って、ちょっと怖かった。 でも作品の中に入ってみると(まさに作品の中に入る、という感じのアート) 「意味を考えながら見なくていいんだ」って思ったし、何より、彼女はとても優しいんだな、と思った。 作品から漂ってくるのが、自己主張じゃなくて、なんだかとても優しい空気だったのが本当に意外で。 「希望の路」と題されたこの作品は、明らかに広島で発表するための「原爆」と「3.11」をイメージしている。 でもそれは、何かを責めたり訴えたりする空間ではなかった。 ただただ、人をいとおしむ、その事だけが伝わってきた。 作品の最後は、真っ暗な部屋で遺体安置所のような場所を通り抜けて、出口へ出る。 そこを出ると、ガラスから降り注ぐ外の光と、緑と、オノヨーコのメッセージが風で揺れている。 「希望の路」 そのタイトルが、意味じゃなく思いとして、体の中に溢れてきて、 本当に魂が交信したな、と思った。 写真でも動画でも、伝わらない物が本当にある。 魂は時間も場所も越えるけど、でもその場所に行かなければ、ラジオのチューニングのように、 アンテナ立てても繋がらないものがある。 この旅で、それを確かめにいったんだな。 「行きたい!見たい!」と思った事は何があっても本能を信じて実行しよう。 そう決意する旅だった。 …旅モードに半分だけスイッチが入っちゃったこの短い旅、帰りにとんぼ返りで似島に寄ったり、 横浜でバスを降りたら鎌倉寄っちゃったりしましたが、無事帰宅。 大分ハードだったのだが心の中が元気いっぱいだったので、「私も体力ついたなあ」 と安心したら数日後、顔がぶわーっと腫れ、なんだろと思っている翌日には高熱。 そして口中数えきれない口内炎、手足の発疹。 体力ついてないじゃん。 心がぐわっと揺れる経験をすると、そのあとに発熱するというのは、私のよくあるパターンだけど、口内炎と発疹がついてくると、もう本当にお手上げ。 本能に従うって、リスク高いなあ。
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プロフィール
しろま ゆうこ アマチュア劇団を経て、舞台企画制作集団はっぴぃでいずを主宰。活動休止後はフリーで様々な演劇や音楽の舞台の制作、演出助手として活動する。 2006年「シモシュの事務所X-jam」の立ち上げに参加する。 2010年、新たに「X-jam制作部」を新設してライブや演劇の制作に携わっている。 外部リンク
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